結婚式場の「箱貸し」収益構造を考える

―― 所有と運営の分離を「数字」で検証する
はじめに
近年、結婚式のスタイルは多様化し、新郎新婦が外部のアイテムやフリープランナーを活用することもある程度浸透してきました。弊社も、結婚式場の「箱貸し化」という形態にも注目しています。
箱貸し化とは何か?
会場を貸し出し、料理やドリンクなどの必須セットは会場が受注する一方で、衣裳・装花・写真・映像・美容といったアイテムは新郎新婦が自由に外部から持ち込める仕組みです。つまり、会場を運営する婚礼企業と、各外注先のハイブリッド運営ということです。
これを不動産業界の考え方で整理すると、わかりやすくなります。
一般的な不動産運営の場合
- 所有→土地建物のオーナー
- 運営→テナント 所有と運営を明確に分離しています
従来の結婚式場運営の場合
- 所有→土地建物のオーナー
- 運営→婚礼企業が運営、アイテムは外注だがプランニングは内製化 結婚式場自体も、所有と運営は明確に分離されることが多いです
箱貸しの結婚式場運営の場合
- 所有→土地建物のオーナー
- 運営→婚礼企業と外注のハイブリッド
この前提に立ち、本ブログでは、この「所有と運営の分離」が、結婚式場のオペレーション単位においてどこまで有効かを、数字を用いて検証したいと思います!
Index
1. 結婚式場の損益分岐点
まずは、従来の結婚式(以下、従来)の利益構造を、以下をベースに考えてみます。
基本の前提
- 平均単価:300万円/組(50名想定)
- 粗利率:60% → 粗利 180万円/組
- 当日変動費(サービス人員など):「1組あたり」10万円
計算してみましょう
限界利益(1組)= 粗利 180万円 − 当日変動費 10万円 = 170万円
仮に、1組の結婚式の利益構造がこのような前提だとします。
損益分岐点って何?
この利益構造の場合、損益分岐点(BEP)はどこでしょうか?損益分岐点とは、「限界利益の合計 = 固定費」になる受注件数のことで、収支がトントンとなる件数のことです。
設備投資額や家賃などの固定費によりますが、1バンケットのBEPは概ね年50〜70組程度が目安となることが多いです。
本ブログでは、前回のブログでの考察をもとに、損益分岐点を55組と仮定します。そして、ここから年間の固定費を逆算して考えたいと思います。
固定費の逆算
固定費 = 限界利益170万円/組 × 55組 = 9,350万円
つまり、1バンケットあたり、「55組を超えれば黒字化する」ということで、この場合の固定費が 9,350万円ということです。
少しわかりにくいかもしれませんので、補足します。
1. 固定費とは?
受注件数に関係なく必ずかかるコストを指します。
例:
- 社員人件費(支配人・プランナー・キッチンなど)
- 広告費
- 建物維持費(賃料・減価償却・保険など)
- その他諸経費(光熱費・水道代その他)
この合計が 年間で9,350万円 と設定しました。 ※この金額は「1組あたり170万円の限界利益で55件受注すれば固定費をカバーできる」= 損益分岐点55件、という前提から逆算した値です。
2. 変動費とは?
受注件数に比例して増減するコストを指します。
例:
- 料理・飲料の仕入れ(40% → 1組120万円)
- 当日のアルバイトスタッフ・キャプテンなど(約10万円/組)
変動費は「件数が増えるほど一緒に増える」点が特徴です。
3. 粗利と限界利益の関係
粗利(売上総利益) 売上 − 仕入原価(料理ドリンクなど) = 300万円 − 120万円 = 180万円/組
限界利益 粗利 − 当日変動費(スタッフ派遣など) = 180万円 − 10万円 = 170万円/組
これが「1組あたり、固定費や外注費を差し引く前に残る利益のタネ」です。
まずはここまでは大丈夫でしょうか??
2. 営業利益率を10%と想定する場合
先に、損益分岐点が55件だとしましたが、これは固定費の9,350万円は、結婚式の受注件数が55件あれば支払うことが出来るコストと理解ください。そうすると、54件以下だとその結婚式場は赤字で倒産する可能性があるということです。
利益の積み上がり方
逆に言うと、55件から1組増えるたびに限界利益 170万円が積み上がります。つまり56件受注できれば、56件 × 170万円 = 9,520万円となります。ここから固定費 9,350万円を差し引いたものが営業利益になるわけです。
この場合だと、9,520万円 − 9,350万円 = 170万円が営業利益にあたるということです。
営業利益率の計算
この場合の営業利益率は、以下の通りです。 営業利益率 = 営業利益 ÷ 売上高 → 約1.8%となります。
営業利益率の目安としては売上高に対して、10%あればそこそこいいといえます。まずはそんなもんだと理解しておいてください。ということは、10%の営業利益を出すためには、いくらの売上が必要でしょうか?
営業利益率10%達成への道筋
求め方としては、先の営業利益率 = 営業利益 ÷ 売上高という点を理解することがまず大事です。たとえば、営業利益が10億で売上が100億だと、営業利益率は10%となるということです。なので、これが10%になる売上を探すということが答えとなるわけです。
具体的に見てみましょう。
営業利益率と売上高の求め方
営業利益率と売上高の求め方

この表を見れば、営業利益10%達成ラインは、67件の受注ということがわかります。ではどうやってこれを算出するのでしょうか??
以下を見れば一発でわかります。
10%逆算の3ステップ
まず「1組あたり10%で残したい利益」を決める 売上300万円 × 10% = 30万円 → 1組ごとに「30万円は最終利益として残したい」という目標ライン
つぎに「1組で本当に自由に使えるお金」を出す
- 1組の稼ぎ(限界利益)は 170万円
- このうち「30万円は”残す”」と決めたので、残り140万円は「固定費の穴埋めに回せるお金」となります
最後に「固定費をその140万円ずつで何組で埋め切れるか」を見る
- 固定費は 9,350万円
- これを140万円ずつ埋めていくと、約67組でちょうど埋まる
ここから、表の結果の67組が算出できるわけです。おわかりいただけましたか?
ここが大事!
- 55組は黒字化ライン(BEP)
- 67組で営業利益率10%に到達
- 件数が伸びるほど利益の伸びは加速します
と、ここまでが前回の復習です。今回のブログは、「箱貸し」だとどうなるかを考えてみたいと思います。
3. 「箱貸し」の場合で考えてみよう
箱貸しとは何か?
箱貸しとは、会場使用料・料理・ドリンクなどの必須アイテムを会場が受注し、衣裳・装花・写真・映像・美容などの任意アイテムは新郎新婦が自由に外部手配できるモデルです。
弊社の考える「箱貸し」とは、箱のブランドとオペレーションに関わる部分は、箱側が受注すべきというものなので、原則的に箱側で販売するもののなかに、「挙式・司会・音響」も含めることとします。
つまりは、
- 箱ブランドとオペレーションに関わるもの→会場が販売
- アイテム→持ち込み可能
という前提が成り立ちます。ただしアイテムは、持ち込んでも、会場提携パートナーでもどちらでも利用できるものとします。
売上計上ルールの重要な違い
ここでより重要なのは、従来の結婚式と箱貸しモデルとにおいて、売上計上のルールを分けるということです。
- 従来:任意アイテムの総額を売上に計上(同時に仕入も計上)
- 箱貸し:任意アイテムは手数料 = 粗利のみを売上に計上(総額は入れない)
つまり、箱貸しの場合、アイテム部分は、持ち込みも可能なため、持ち込みと会場推薦パートナーを受注する場合とでは、売上が大きく異なってしまいます。そこでその分散すなわち標準偏差を低くするために、上記のルールを前提とするものとします。
そうすると必然的に、箱貸しの場合は、結婚式1組あたりの「売上」は小さくなってしまいますが、それは売上の計上基準が違うからということになります。
ただし会場推薦パートナーを利用してもらう場合は、その紹介手数料分は売上に計上するため、完全持ち込みの場合よりは売上高は大きくなるというロジックです。また、この手数料はまるまる粗利でもあるため、粗利率が必然的に高くなるということも意味します。
4. 箱貸しにおける3つの受注パターン
上記を前提に、「箱貸し」の場合の結婚式1組あたりの売上と粗利をみていきましょう。
その前に、まず「箱貸し」でない「従来の結婚式」の55名300万円1件単価の粗利構造をみてみます。
0:従来モデルの粗利構造(人数:55名)

結果
- 割引前件単価:352万5千円
- 件あたり粗利額:164万5千500円
- 割引後件単価:300万円
- 割引率:15%
- 粗利率:55%
ここでは55名300万の粗利は55%と出ました。まずはこれがベースとなります。
そして次に、「箱貸し」だけど、会場の提携パートナーで100%受注できた場合を考えます。
①提携パートナー受注率100%の場合

結果
- 従来単価:352万5千円
- 件あたり粗利額:153万5千500円
- 割引後件単価:300万円
- 割引率:15%
- 粗利率:51%
まず、箱貸しであっても、提携パートナーの受注率を100%にできた場合を考えます。
この場合、提携パートナーの手数料率は従来よりも低くなる前提で計算します。なぜならば、従来モデルに比べると、提携パートナーへの紹介率が低くなるためです。その前提で見積もりを組み、尚且つ、提携パートナー受注率を100%達成できたことにより、粗利が確保しやすくなるため、会場使用料を100%ディスカウントできる余地が生まれたとします。
55名で300万の一件単価は変わらないものとします。
表からわかることは、フルで提携パートナーを受注できた場合の粗利率が51%ということもわかります。当然ですがこれは、従来モデルよりも低いです。なぜならば、紹介手数料率が従来よりも低いためです。
次に、提携パートナーの受注率が50%の場合を考えます。
②提携パートナー受注率50%の場合

結果
- ①割引前従来単価:352万5千円
- 件あたり粗利額:139万4千250円
- ②割引後従来単価:300万円
- 割引率:15%
- ③顧客支払総額:300万3千円
- 粗利率:46%
- ④会場受注総額:230万500円
挙式・料理・ドリンク・司会者・音響は、会場オペレーションなので箱受注とし、それ以外のアイテム受注率を50%とした場合の表となります。
50%受注はできているので、もとの従来モデルの割引後1組単価300万にほぼ合わせる調整を割引率で行った結果、顧客支払総額がほぼ300万になったとします。この場合、粗利は46%と、当然ながら100%提携パートナー受注できるよりも低くなっていることがわかります。
そして、最後に、会場オペレーション以外のアイテムがフル持ち込みだった場合を考えます。
③提携パートナー受注率0%の場合

結果
- ①割引前従来単価:352万5千円
- 件あたり粗利額:162万2千円
- ②割引後従来単価:300万円
- 割引率:-%
- ③顧客支払総額:-
- 粗利率:84%
- ④会場受注総額:193万円
表の見方としては、会場使用料・挙式・料理・ドリンク・司会・音響のみを箱受注とし、それ以外はすべてフル持ち込みだった場合を表しています。
ここからわかること
- 1件あたりの売上は200万弱と従来モデルよりも100万近く落ちる
- しかし、粗利率が84%と非常に高い
- かつ粗利自体も、持ち込み不可の従来の結婚式とほぼかわらない水準を達成できている
- 顧客支払総額は顧客のアイテム選択価格によるので不明
- しかし価格弾力性が高いため、リーズナブルな外部アイテムを選択すれば総額は抑制できる
- プランナー紹介料として、4万円の粗利が見込める
このようなことが読み取れます。
5. ここまでの整理とフリープランナーの「業務委託」と「紹介」の違い
ここまでの内容を一度整理してみましょう。結婚式場のビジネスモデルは、以下の4つのパターンに分類できます。
- 従来モデル:衣裳や装花など、すべてのアイテムを会場が受注するパターンです。売上は大きくなりますが、粗利率は55パーセント程度です。
- 箱貸しモデル①(提携パートナー受注率100パーセント):会場の提携パートナーのアイテムをすべて利用してもらうパターンです。売上は維持できますが、粗利率は51パーセントと少し下がります。
- 箱貸しモデル②(提携パートナー受注率50パーセント):提携パートナーのアイテム利用率が半分になったパターンです。売上は下がりますが、粗利率は46パーセントまで低下します。
- 箱貸しモデル③(アイテムフル持ち込み+プランナー紹介料):会場オペレーションに関わる部分だけを受注し、それ以外のアイテムはすべて持ち込み、さらにプランナーの紹介料を収益とするパターンです。売上は200万円弱と小さく見えますが、粗利率は84パーセントまで上昇します。さらに粗利の金額自体も、従来のモデルとほぼ同じ水準を確保できます。
つまり、箱貸しモデル③の最大の特徴は、売上総額は小さく見えるけれど、粗利額と粗利率の両方を高い水準で維持できる点にあります。
このモデルを考える上で、フリープランナーとの関係性が非常に重要になってきます。プランナーとの関わり方には、大きく分けて2つの形があります。
- 業務委託型:会場がフリープランナーに業務を依頼し、その費用を外注費として支払う形です。たとえば、1件あたり13万円を支払うと、会場の限界利益をその分圧迫してしまいます。
- 紹介型:会場が新郎新婦にフリープランナーを紹介し、その手数料を受け取る形です。たとえば、プランナーのプロデュース料20万円のうち20パーセントを、紹介手数料として4万円受け取る、といった仕組みです。この場合、会場の限界利益は増えます。
従来のビジネスモデルでは、プランナーへの支払いは「委託=コスト」でしたが、紹介型では「紹介=収益」となるため、この2つは収益構造においてまったく逆の効果をもたらします。
6. 損益分岐点と営業利益10パーセントラインの比較
これまでの粗利構造を踏まえて、従来のモデルと箱貸しモデル③を、損益分岐点と営業利益率10パーセントを達成する件数で比較してみましょう。
従来モデル
- 限界利益:154万5,500円/組
- 固定費:9,350万円
- 損益分岐点(BEP):約60.5組
- 営業利益率10パーセントライン:約75.1組
箱貸しモデル③
- 限界利益:152万2,000円/組
- 固定費:9,350万円
- 損益分岐点(BEP):約61.4組
- 営業利益率10パーセントライン:約70.4組
一見すると、箱貸しモデル③の方が、営業利益率10パーセントの達成に必要な件数が少ないので、有利に見えます。
しかし、これは「分母となる売上総額が小さい」ため、率で比較すると錯覚が起きるのです。公平に比較するためには、1件あたりの営業利益金額で見てみる必要があります。
- 従来モデル:営業利益率10パーセント=1件あたり30万円の利益
- 箱貸しモデル③:営業利益率10パーセント=1件あたり19万3,000円の利益
もし両モデルを「1件あたり30万円の営業利益を残す」という同じ基準で比較すると、箱貸しモデル③は営業利益率が約15から16パーセント必要になります。
この前提で必要な受注件数を計算し直すと、以下のようになります。
- 従来モデル:75.1組
- 箱貸しモデル③:76.5組
このように、両モデルの必要件数はほぼ同じ水準になります。箱貸しモデルは、決して財務的に不利な選択肢ではないことがわかります。
7. まとめと結論
今回の検証から、以下の点が明らかになりました。
- 損益分岐点は、従来モデルと箱貸しモデルでほぼ同じ(60組前後)です。
- 営業利益率10パーセントをそのまま比較すると、箱貸しモデルが有利に見えます。
- しかし、営業利益の金額で比較すれば、両者はほぼ同等のレベルだといえます。
- 箱貸しモデル③は「売上総額は小さいが、粗利率が高い」という特徴を持ち、フリープランナー紹介料といった新しい収益源も生み出すことができます。
直感的に整理すると、以下のようになります。
- 従来モデルは、大きな売上を抱え込み、そこから粗利を積み上げる方式です。
- 箱貸しモデルは、売上をスリム化しつつ、粗利を効率的に残す方式だといえます。
【結論】
「箱貸し化」は、単に売上を縮小させるのではなく、粗利率の改善、固定費リスクの低減、そして新しい収益源の獲得を同時に実現できる運営モデルです。
会場のコアとなるサービス(会場使用料、挙式、料理、ドリンク)をしっかり押さえ、提携パートナーの受注率や紹介手数料の仕組みをうまく設計すれば、財務的にも十分に成立します。
言い換えれば、箱貸し化は「会場の利益を削る選択肢」ではなく、資本効率を高め、多様な顧客ニーズに応えるための合理的な進化だといえるでしょう。
結婚式場の「箱貸し化」、あなたの会場ではどのように考えていますか?ぜひ今後を考える一考としてください!
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