ノバレーゼ・エスクリ統合から考える M&Aの正負のシナジー②

プラスワンプランナーを運営する株式会社永光 代表の高橋です。
フリープランナーのアウトソーシング事業を手がける立場から、ブライダル業界の動向を日々注視しています。
前回の記事では、ノバレーゼ・エスクリ統合を題材に「シナジー」について考察しました。今回は、M&Aの成否を決定づけるPMI(Post Merger Integration:経営統合)について掘り下げてみたいと思います。
Index
PMIとは何か?なぜ重要なのか?
M&Aと聞くと、多くの方は「契約締結」をゴールとしてイメージされるかもしれません。しかし実際には、契約締結はゴールではなくスタートです。
M&Aの目的は「シナジーの実現」、すなわち「1+1=3以上」の価値を生み出すことにあります。この価値創造を実現するプロセスこそがPMI(Post Merger Integration)です。つまり、PMIとは「M&A後に2つの会社を統合し、シナジーを実現していくための一連の取り組み」を指します。
登山に例えるとわかりやすいかもしれません。契約締結は「2合目」に過ぎず、残りの8合分が企業文化のすり合わせをはじめとするPMIという手間のかかる作業なのです。その意味で、PMIは付属品ではなく「主役」であり、経営そのものといえます。

日本企業のM&Aにおける課題
日本の中小企業M&Aにおいては、特有の課題があります。ノバレーゼ・エスクリは上場企業同士の統合なので少し事情は異なりますが、PMIで直面しうる問題を理解するうえで参考になります。
ヒト・モノ・カネの課題
ヒトの面では、強力なリーダーシップへの依存、主体的人材の不足、ノウハウの属人化、慢性的な人手不足・高齢化が挙げられます。中小企業では「社長がいないと何も決まらない」という状態になっていることが少なくありません。
モノの面では、設備投資の抑制が続いていたり、値上げ圧力への対応が遅れていたりするケースがあります。
カネの面では、経理業務の未整備が見られます。社長の奥様が経理を担当しているケースもあり、属人的な管理になっていることがあります。また、高額な役員報酬、給与の長期停滞、予算管理の不備なども課題です。
事業インフラの面では、将来像が「社長のみぞ知る」状態になっていることがあります。制度・ルール・管理会計・内部統制が整備されておらず、オーナー経営から組織経営への移行が必要なケースも多いです。
買い手と売り手の関心領域の違い
PMIを進めるうえで注意すべきなのは、買い手と売り手で関心領域が異なることです。この違いを認識しないまま進めると、双方の期待がすれ違ってしまいます。

売り手の経営者は「従業員を大切にしてほしい」という想いが強いのに対し、買い手は「投資を早く回収したい」という視点で動きがちです。この溝を埋めることがPMI成功の第一歩となります。
日米のPMIの違い
PMIの進め方には、日米で大きな違いがあります。この違いを知っておくことで、日本企業特有の難しさと対処法が見えてきます。

米国では、M&Aは日常的なビジネスイベントとして受け止められています。従業員も「会社が買われる」ことに慣れており、むしろキャリアアップのチャンスと捉える人も少なくありません。そのため、インセンティブプランやリテンションプラン(優秀人材の引き留め策)が用意され、PMIにも十分な予算が確保されます。
一方、日本では「見かけ上の対等」を演出する傾向があります。「吸収」という言葉を避け、「経営統合」「対等合併」といった表現が好まれます。しかし、この建前が文化のすり合わせを曖昧にし、PMIを困難にするリスクがあることを認識すべきです。
PMI成功のポイント
ポイント① 人選
PMIにおける最重要プレイヤーは、統合後に売り手企業を率いる経営者です。パターンとしては、売り手経営者の留任、買い手からの出向、売り手企業からの内部昇格、外部からの招聘(買い手がファンドの場合など)があります。

ポイント② ソフト領域とハード領域の理解
PMIには2つの領域があります。「ソフト領域」と「ハード領域」です。重要なのは、まずソフト領域で信頼関係を構築することです。順番を間違えると、統合は上手くいきません。
ソフト領域とは、人事、意識、人の気持ち、企業文化といった「目に見えにくい」部分を指します。ここでの失敗パターンを避けることが重要です。
ソフト領域でのNG行動
- 拙速に主導権を握ろうとする
- 当たり前」を強要する(「うちではこうやってます」)
- 過度の管理ツールや制度を導入する
- いきなりコストカットの方針を打ち出す
- 買い手目線で「御社の課題は」という接し方をする
ソフト領域では、聞く姿勢と粘り強く伝える熱意が求められます。ただし、過度のリスペクトや遠慮は逆効果です。言うべきことは明確に伝える姿勢も必要です。
文化統合の考え方
特に重要なのは、「文化を融合させる」のではなく「すり合わせる」という発想です。
「違い」を前提として多様性を尊重し、「AかBか」ではなく「C=New One」をつくるという姿勢が求められます。
どちらかに無理に統一するのではなく、両社の良いところを活かした新しい形を模索することが大切です。
ハード領域とは、業務のやり方、システム、制度といった「目に見える」部分を指します。ここでは、問題を正しく分類することが重要です。
問題には「感情的な問題」「組織的な問題」「実務的な問題」の3種類があります。優先順位は、①実務的課題、②組織的課題、③感情的課題の順です。感情的な問題を実務的に解決しようとしても上手くいきません。問題の本質を見極めることが大切です。
ポイント③ アーリーサクセス
アーリーサクセスとは、統合初期に「小さな成功体験」を積み重ねることです。これにより、「この統合は自分たちにとってもメリットが大きい」と従業員に感じてもらうことができます。
アーリーサクセスの具体例
- 経営方針の明確な発表
- オフィスの移転・リニューアル
- 名刺のデザイン変更
- 新しい福利厚生制度の導入
- 合同研修会の開催
これらは一見すると小さなことに見えますが、「変わった」「良くなった」という実感を従業員に与える効果があります。不安を払拭し、前向きなモメンタムを生み出すことがPMI成功の鍵となります。
ポイント④ プレM&AとPMIの連続性
PMIが計画通り進まない原因として、リソース不足、コミュニケーション不全、事業の強みが思ったほどなかったなどが挙げられます。しかし、本当の原因は「後工程の品質は前工程に依存する」ことにあります。
「成約」という一大イベントが、プレM&A(成約前)とPMI(成約後)を断絶させがちです。しかし実際には、プレM&Aの段階でどれだけPMIをイメージできるかが勝負なのです。
重要な考え方
「PMIがイメージできない案件は、成約すべきではない」
PMI担当者を先に決め、意向表明段階やDD(デューデリジェンス)前から参加させることが望ましいです。DDはPMIの起点です。よりよい関係が築けるか、文化・社風の違いにどう対処するか、シナジー効果を出すための「時間」と「投入コスト」を把握することが重要です。
ノバレーゼ・エスクリ統合への適用
以上のPMIの論点を、ノバレーゼ・エスクリ統合に当てはめて考察してみます。
「対等合併」の建前とリスク
本統合では、ノバレーゼを存続会社とする吸収合併でありながら、「対等合併」が強調されています。エスクリの渋谷社長が会長CEO、ノバレーゼの荻野社長が社長COOに就任するという経営体制です。
これはまさに日本型PMIの特徴である「見かけ上は対等」が表れた事例といえます。
営業文化の違いという最大の課題
本統合における最大の課題は、企業文化のすり合わせです。両社の営業スタイルは、前回の記事でも触れたとおり、大きく異なります。
営業文化の違い
- ノバレーゼ:「即決営業をしない」「合理性のない値引きはしない」方針。
- エスクリ:「即決営業」スタイル。
営業文化が真逆であるため、無理に統一しようとすれば、どちらかの現場に大きな反発が生じます。
ここで活きてくるのが、先に述べた「AかBか」ではなく「C=New One」をつくるという発想です。例えば、ブランドや会場ごとの独自性を維持しつつ、上位概念で共通のビジョンを持つという選択肢もありえます。「統一」ではなく「共存」を模索することが現実的かもしれません。
上場企業同士の統合ならではの難しさ
本統合は上場企業同士の統合であり、中小企業M&Aとは異なる難しさがあります。
- ①企業文化が制度・KPI・評価体系に埋め込まれていることです。中小企業であれば「社長の一声」で変更できることも、上場企業では制度変更に時間と手続きがかかります。
- ②従業員の流出リスクが高いことです。上場企業の従業員は、転職市場での自分の価値を知っています。統合に不満があれば、転職という選択肢を取りやすい環境にあります。
- ③「吸収された」というレッテルへの抵抗が強いことです。特にブライダル業界はプランナー個人の力量が顧客満足度に直結するため、プランナーのモチベーション低下は直接的に業績に影響します。
荻野社長も「スタッフの反応が最大の不安」と述べています。アーリーサクセスによる不安払拭と、明確な経営ビジョンの早期提示が不可欠です。
まとめ
PMIは「経営そのもの」であり、M&Aの成否を決定づけます。本稿で述べてきた成功のポイントを改めて整理します。
PMI成功のポイント
- 1. 人選
統合後の経営を担う人材の選定が最重要。資質として、バランス感覚、信頼関係構築力、明確なコミュニケーション力が求められる。 - 2. ソフト領域とハード領域の理解
まずソフト領域(人の気持ち・企業文化)で信頼関係を構築し、その後ハード領域(制度・システム)に着手する。 - 3. 文化の「すり合わせ」
「AかBか」ではなく「C=New One」をつくる。「違い」を前提として多様性を活かす統合を目指す。 - 4. アーリーサクセス
統合初期に小さな成功体験を積み重ね、「この統合は自分たちにとってもメリットがある」と感じてもらう。 - 5. プレM&AとPMIの連続性
PMIがイメージできない案件は成約すべきではない。DD段階からPMI担当者を参加させる。
日本では「見かけ上の対等」を演出しがちですが、これが文化のすり合わせを曖昧にするリスクを認識すべきです。
ノバレーゼ・エスクリ統合が、形式的な「対等」にとらわれることなく、両社の強みを活かした「C=New One」を創り出せるか。業界関係者として、注視していきたいと思います。
出典・参考文献
- 大原達朗・松原恭司郎・早嶋聡史(2014)『この1冊でわかる M&A実務のプロセスとポイント』中央経済社
- ブライダル産業新聞(2025年11月21日号)「ノバレーゼ荻野社長インタビュー」
- 株式会社エスクリ プレスリリース(2025年11月14日)「婚礼大手のエスクリとノバレーゼ 経営統合」
こちらもおすすめ
-
ノバレーゼ・エスクリ統合から考える M&Aの正負のシナジー①
Indexそもそも「シナジー」とは何かシナジーの「光と影」ノバレーゼ・エスクリ統合の概要論点① 人材・組織面の課題論点② コストシナジーと顧客ニーズのバランス統合における検討ポイントの整理出典・参考文・・・
-
変化=時代にあわせた最適化
Indexはじめに変えないものと、変えるものブライダル業界は「常に変化」できているか?変化しないことが、「伝統」や「美徳」ではないおわりに はじめに 唐突ですが、飲食業界には、長年にわたって支持され続・・・
-
持ち込み問題〜リスク要因の本質
Indexはじめに1. 持ち込み禁止の理由と疑問点2. リスクの定量的分析3. 加重平均リスクスコアの導入4. 本質的なリスク管理への提案5. 持ち込みによるリスクの発生要因と解決策6. 本質的なリス・・・
-
7Sモデルを活用した婚礼業界の戦略構築!〜他社との差別化の方法
Index【はじめに】【7Sモデルとは?】【弊社の取り組み:7Sモデルを活用した実践例】【戦術こそ、その会社の独自性と競争優位性の源泉!】【婚礼施設向けの7Sモデルの応用】【まとめ】 【はじめに】 婚・・・